1998年冬季オリンピック、国内開催候補都市について

 現在、ニュースでは2020年東京オリンピック・パラリンピックが話題です。

 1998年(平成10年)2月に長野冬季オリンピックが開催され、日本人選手の活躍もあり、大会は大いに盛り上がりました。
 このオリンピックの国内開催候補都市選定の過程で、開催された長野市以外にも、盛岡市、旭川市、山形市が立候補しました。

 この大会は、1972年(昭和47年)に行われた札幌冬季オリンピックに続く、国内では2度目の冬季オリンピックの開催で、 4都市の間で招致合戦が行われました。

 長野冬季オリンピック
 会場:長野市、山ノ内町、白馬村、野沢温泉村、軽井沢町

 盛岡冬季オリンピック構想
 会場:盛岡市、雫石町、旧滝沢村、松尾村等

 旭川冬季オリンピック構想
 会場:旭川市、鷹栖町、富良野市

 山形冬季オリンピック構想
 会場:山形市、上山市、天童市、山辺町、中山町


 1988年(昭和63)6月1日にJOCの委員会における投票が行われました。得票数は以下の通りです。

  長野市  34票
 盛岡市   7票
 旭川市   4票
 山形市   0票


 これにより、長野市が国内開催候補都市に選ばれました。また、1991年6月15日に英国のバーミンガムで開かれた、国際オリンピック委員会総会で、1998年の長野冬季オリンピック大会の開催が決定されました。



 このオリンピックの開催により、北陸新幹線や高速道路、都市間道路といった交通インフラのー括整備、開閉会式場を老朽化した市内の野球場の置き換え(長野オリンピックスタジアム)、老朽化した体育館の置き換え(ホワイトリング)、国際コンベンション会議の開催、一校一国運動に見られる、世界的な文化交流の促進等、総合的に見て、メリットが多かったように思います。

 国際コンベンション会議の開催、一校一国運動の国際文化交流に関しては、開催前の長野市からすると、とても考えられないことです。何しろ、私の小学生時分には、外国人の方を2年に1度見かければ良い方でしたから。(現在はほぼ毎日見かけます。)

 昨今の開催自治体の財政問題や一部会場の利用率低下に関して、開催のデメリットを殊更大きく取り上げるマスコミは、オリンピック開催前の長野市周辺がどのような交通インフラであったか、文化交流の度合い、経済状況であったのかを知らないでものを語っているのかと思うことばかりです。

 近いうちに長野でオリンピックが開催されなければ、どういったかたちで、交通インフラが整備となっていたのかを記事にしたいと思います。